2026.08.14
「特別なことは、していなかった」子どもを伸ばす親に共通すること
坂本七郎
子どもを伸ばす親御さんに、私はこれまで数えきれないほど出会ってきました。不思議なことに、そうした方たちほど決まって「うちは特別なことは何もしていないんです」と謙遜します。でも、詳しく話をうかがっていくと、そこには思いがけない共通点が見えてきます。今日は、その共通点についてお話ししたいと思います。
子どもを伸ばす親には、何があるのでしょうか?
東大生の母親が、雑誌のインタビューでよくこう答えているのを見かけます。「『勉強しなさい』とは一度も言ったことがありません」「小さなころから勉強については何も言ってきませんでした」。耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。
「やはり出来が違うのよね」と思っていると、インタビューはさらにこう続きます。「いえいえ、決して勉強ができる子ではなかったんですよ」。お子さんの勉強で悩んでいる親御さんが聞いたら、「ふざけるな」と思うかもしれません。でも、これはうそではないのです。本音をオブラートに包んで、わかりにくくしているだけなのです。
「特別なことはしていない」というのは、本当でしょうか?
本音を詳しく書くと、こうなります。「子どもに『勉強をしなさい』と強要するようなことはしていません。けれども、小さなころから身のまわりの学習環境をしっかり整え、子どもが自然に勉強に興味を持つように誘導してきました。学習習慣がつくよう、たくさん声をかけ、ほめて、金銭的にも精神的にもサポートしてきました」。
オリンピック選手も体操選手も、何も声をかけずに放っておいただけで育つものではありません。子どもを伸ばす親も同じです。「強要はしていない」というのは事実ですが、「何もしていない」わけではないのです。
私が20歳になるかならないかのころ、正月に親戚が集まる場で、高齢の祖母と話をしていました。祖母は思い出したように、ある歌を教えてくれました。
祖母が教えてくれた、二首の歌
「ただ見ればなんの苦もなき水鳥の足に暇なきわが思いかな」「憂きことのなおこの上に積もれかし限りある身の力試さん」——「つらかった時代も、この歌を支えに乗り越えてきたんだよ」と祖母は言いました。後で調べると、前者は水戸黄門で知られる水戸光圀、後者は江戸前期の陽明学者・熊沢蕃山の歌だとわかりました。
水鳥は、ただ見れば水面を優雅に泳いでいるように見えますが、水面下では絶えず足を動かし続けています。常に努力すること、そして試練があっても前向きにとらえることの大切さを、祖母は当時の私に伝えたかったのだと思います。
子どもを伸ばす親たちも、まさに水鳥のような人たちです。ぱっと見は、どこにでもいる普通のお母さん・お父さんです。でも、その生活の陰には、見えない努力と子どもへの愛情があります。子どものためにいろいろ学び、学習環境を整え、教育費を捻出し、試行錯誤を繰り返しているのです。
「特別なことはしていない」のではなく、特別に見えないことを、当たり前のように続けているだけなのです。
子どもが志望校に合格したご家庭を見ていると、もう一つ気づくことがあります。自分の苦労は語らず、成果を周りに手渡すのです。
「先生のおかげです」——自分の苦労を語らず、先生に花を持たせる。
「あなたが一生懸命努力したからだよ」——子ども自身の力で勝ち取った成果なのだと伝える。
では、もっと頑張らなければいけないのでしょうか?
いいえ、その必要はありません。子どもの教育に、力を入れすぎてはいけません。ここまで読んで「もっと努力しなくては」と感じた方がいるかもしれません。けれど、お伝えしたいのはその逆です。
教えすぎ、悩みすぎ、考えすぎ、がんばりすぎ——無理をすれば、どこかにしわ寄せが生まれます。教育に力を入れすぎることが、望まない形で子どもを追い詰めてしまう可能性だってあるのです。だから無理は禁物です。
大切なのは、あなた自身が笑顔で子どもの勉強を見られること、子どもの成長を楽しめることです。子どものいい面に注目し、得意なところをさらに伸ばし、心から成長を信じてみましょう。だから、うまくいかなくてもいいので、毎日声をかけて、言うべきことは言う。もともと子育ては、思いどおりにはいかないものです。そうした範囲の中で、子どもの学習に関わっていければ、それで十分なのです。
- 1「頑張ったね」を先に言う——結果より先に、取り組んだ過程を認める一言を。
- 2「先生のおかげです」と口にしてみる——子どもの前で、先生や周りへの感謝を言葉にする。
- 3自分の苦労を数えない——「これだけやってあげたのに」ではなく、「見守っていただけ」でいい。
- 4完璧を目指さない——できなかった日があっても、次の日にまた声をかければ十分。
「うちの子には特別なことをしてあげられていません」というご相談を、私はよくいただきます。多くの場合、周りのご家庭が塾や教材で頑張っている様子を耳にした直後に、こうしたお気持ちになるようです。そんなとき私がまずお願いするのは、これまでの声かけを振り返ってみてください、ということです。テストの点数がよかった日に「頑張ったね」と伝えたこと、習いごとの後に「先生、ありがとうございます」と口にしたこと——特別なことをしていないと感じている方でも、たいてい、こうした場面に心当たりがあります。
まとめ — 「特別なこと」を探すのをやめてみる
他の家庭の特別な取り組みを見聞きすると、つい「うちには足りないものがある」と感じてしまいます。けれど、子どもを伸ばす親たちも、はじめから特別な何かを持っていたわけではありません。学習環境を整え、声をかけ、ほめて支えてきた——人目につかないところで、当たり前のことを続けていただけでした。
「特別なこと」を新しく探しに行く必要はありません。すでに毎日続けている送り迎えやお弁当づくり、子どもの話を聞く時間。その中にすでにある関わり方を、少し違う角度から見つめ直してみる。今日は、その視点を持ち帰っていただけたらと思います。
この話の元になった雑誌インタビューの話や、水鳥の逸話は、拙著『学力が劇的にアップ! 小学生のための「家庭学習」の教科書』でも触れています。ご興味があれば、あわせてご覧ください。私が代表を務めるオンライン家庭教師「まなぶてらす」でも、こうした親子の関わり方について、日々多くのご家庭からご相談をいただいています。