AIが答えを教える時代に、なぜ「先生」が必要なのか

こんにちは、坂本七郎です。オンライン家庭教師「まなぶてらす」を始める前、私は保護者の方から学習相談を受け、勉強のやり方をお伝えする仕事をしていました。ところが、方法を説明しただけでは、その後もうまく進まないことがありました。やり方は分かった。でも、子どもが一人では続けられない。そんなご家庭を前にして、「直接、子どもに関わり、励ましながら一緒に進んでくれる先生が必要だ」と感じたことが、サービスを始めた原点の一つです。

今はAIに質問すれば、問題の解き方も、作文の直し方も、すぐに説明してくれます。それなら、これから先生は必要なくなるのでしょうか。

私は、先生という仕事はなくならないと考えています。AIによって、先生が担う仕事の中身は変わっていくでしょう。それでも、教育には人と人との間でしか育ちにくい部分が、たしかに残るからです。

AIが教えてくれるなら、先生はいらなくなるのでしょうか?

結論から言えば、先生はこれからも必要です。ただし、知識や正解を一方的に伝えるだけの役割は、小さくなっていくかもしれません。

分からない言葉を調べる。問題の解き方を何通りか示す。練習問題を作る。書いた文章の改善点を挙げる。こうしたことは、AIが短い時間で手伝えるようになりました。これは教育にとって、とても心強い変化です。

一方で、子どもが勉強で止まる理由は、「説明が見つからないから」だけではありません。「間違えるのが怖い」「どうせ自分にはできない」「今日は嫌なことがあって集中できない」。そうした気持ちが、鉛筆を止めていることもあります。

教育は、情報を渡せば終わる仕事ではありません。目の前の子どもが、今どこで止まっているのかを一緒に探し、もう一歩進める形に整えることまで含まれます。そこに、先生の大切な役割があります。

「答えを教えること」と「子どもを育てること」は、何が違うのでしょうか?

答えを教えることの目的は、その問題を解けるようにすることです。子どもを育てることの目的は、その先で、自分から考え、試し、学び続けられるようにすることです。

たとえば、算数の問題で手が止まっている子がいたとします。すぐに正しい式を示せば、その一問は進みます。けれど先生は、そこであえて「どこまでは分かった?」「図にするとどう見えるかな」と問いかけることがあります。少し待ち、子ども自身が見つけた小さな手がかりを拾います。

遠回りに見えるかもしれません。しかし、自分で気づいた経験は、「次も考えてみよう」という気持ちにつながります。正解そのものより、正解へ向かう途中で得た自信が、次の学びを支えることがあるのです。

先生が支えているもの

先生は、目の前の一問だけでなく、「考えてみよう」「間違えても大丈夫」「もう一度やってみよう」という、子どもの内側の動きも支えています。

子どもが動き出すのは、どんなときでしょうか?

私は、子どもが「この人は自分を見てくれている」と感じたときだと思っています。

同じ「よくできたね」という言葉でも、誰から言われるかによって、受け取り方は変わります。毎週会って、自分が苦手だったところも、前より進めるようになったところも知っている先生から言われるからこそ、心に届くことがあります。

反対に、今日は返事がいつもより小さい、普段なら解ける問題で迷っている、間違いを隠そうとしている。そうした小さな変化をきっかけに、先生が進め方を変えることもあります。説明を増やす日もあれば、あえて話を聞く日もある。少し易しい問題に戻って、自信を取り戻す日もあります。

AIも、入力された言葉に応じて丁寧に答えてくれます。けれど子どもは、自分の状態をいつも正確に言葉にできるわけではありません。だから教育では、言葉になっていない迷いや不安に周囲の大人が気づき、声をかけることにも意味があります。

「教えてくれる人」だけでなく、「見てくれている人」がいる。その安心が、子どもを次の一歩へ動かします。

AIと先生は、どのように役割を分ければよいのでしょうか?

AIか先生か、どちらか一方を選ぶ必要はありません。私は、AIが得意なことはAIに任せ、その分、先生が人に向き合う時間を増やすのがよいと考えています。

AIは、知識を探したり、例題を作ったり、説明の言い換えを考えたりすることが得意です。先生は、その材料の中から、目の前の子どもに今必要なものを選び、渡し方を整えます。そして、学んだことをその子自身の力にしていく過程に伴走します。

役割を分けるなら、たとえば次のように考えられます。

  • AIに任せやすいこと——情報を探す、複数の説明を出す、練習問題を作る、文章を整理する
  • 先生が大切にしたいこと——子どもの状態を見立てる、学ぶ順番を決める、問いかけて待つ、努力の変化を認める
  • 一緒に行うこと——AIの答えを確かめる、別の考え方を探す、学んだことを自分の言葉で説明する

こうした学びを支える土台として、前回のコラム「AIは日本語で動く——AI時代に国語力が大切な理由」でお伝えした、読む・書く・伝える力も欠かせません。AIの答えを受け取るにも、先生と対話するにも、言葉が必要だからです。

これからの先生には、何が求められるのでしょうか?

これからの先生には、すべての知識を自分の頭だけに入れておくことよりも、AIを含むさまざまな道具を使いながら、一人ひとりに合った学びをつくる力が求められると思います。

同じ説明で全員を同じところまで連れていくのではなく、子どもの得意や苦手、興味、生活のペースまで見ながら、その子に合う入り口を探す。必要なら、別の先生や違う分野との出会いにつなぐ。先生は、知識の唯一の入り口ではなく、子どもの世界を広げる案内役になっていくのではないでしょうか。

もちろん、人が関われば何でもよいわけではありません。先生側もAIの答えをうのみにせず、学び続ける必要があります。子どもの気持ちを決めつけず、対話を重ねる姿勢も欠かせません。AI時代は、先生にとっても、自分の役割を問い直す時代です。

私たちが掲げている「いちばんの自分になる、という教育理念」も、全員を同じ型に当てはめるのではなく、その子の内側にあるものを一緒に見つけていく考え方です。AIが選択肢を広げ、先生がその子に合う道をともに探す。この二つが組み合わさることで、学びはこれまでより豊かになる可能性があります。

家庭では、AIと人との学びをどう組み合わせればよいのでしょうか?

ご家庭では、AIを禁止するか、すべて任せるかという二択にしないことが大切です。便利な道具として使いながら、人との対話を残しておく。まずは、次の三つを意識してみてください。

  • 1AIに聞く前に、自分の考えを一度言葉にする——正解でなくて構いません。「私はこう思う」を持ってから使うと、答えを比べられます。
  • 2返ってきた答えを、人にも説明してみる——分かったつもりの部分が見つかり、自分の理解に変わります。親は採点役ではなく、聞き役で十分です。
  • 3つまずいたときに相談できる人を持つ——家庭の外にも、「いつもの自分」を知ってくれている先生がいると、学び直すきっかけになります。

私が運営するオンライン家庭教師「まなぶてらす」でも、先生が一方的に答えを渡すのではなく、子どもと対話し、その子に合う方法を探すことを大切にしています。オンラインであっても、画面の向こうにいるのは人です。距離を越えて、信頼できる人と出会えることに、オンライン教育の価値があります。

AI時代に、先生はどんな存在になっていくのでしょうか?

先生の仕事は、なくなるのではなく、変わっていく。これが、今の私の考えです。

知識を伝えることの一部をAIが担うようになれば、先生はもっと、子どもの話を聞くこと、問いを投げかけること、成長の小さな変化に気づくことへ時間を使えるようになります。AIは先生の代わりではなく、先生が人に向き合うための支えになり得ます。

教育の目的は、正解を早く集めることだけではありません。自分で考え、失敗し、もう一度試す。その過程で、自分を信じられるようになること。そして身につけた力を、いつか誰かのために使えるようになることです。

AIが答えを教えてくれる時代だからこそ、「あなたならできる」「一緒に考えよう」と言ってくれる人の価値は、むしろ大きくなるのではないでしょうか。子どものそばに、学びを見守る人がいる。そのことを、これからも教育の中心に置いていきたいと思います。

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